理屈よりも体の感覚が好き。直感が大事。


by hiroQ111
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カテゴリ:吠える( 27 )

久しぶりに書く。

私たち広告業界は
いろんな企業と取引することが常なので
業界ごとの特性だとか、利点や弱点がわかりやすい、といえる。

最近、中小企業の仕事を受けることもあり、
大手企業と中小企業のその差に気づかされることも多い。

大きくなる会社は、捨てることができる。捨てる度量がある。
小さいままの会社は、捨てることができない。捨てる勇気がない。

(注)
大きい会社が衰退するのは、あんなものやこんなものを
たいてい捨てないからだと思います

捨てるって勇気がいるし、
ちくっと痛いし、びびります。

新人のころ、
ひとつ考えた広告アイデアなり、キャッチフレーズなりを
先輩にばっさり切り捨てられ、ゴミ箱に捨てられてきた。

捨てられ続けてきたといってもいいだろう。

もうこれしかない!なんて意気込んでアイデアを持ちこむのだが
あっさりと斬られてしまう。

もう次のアイデアなんてでないよーと泣きべそをかきたくなるが
泣くひまも与えられず、次のアイデアを発掘するべく、
情報収集に向かわされる。

結局、これ以上ぴったりなものはない、と思っていても、
必ず次はでてくるものだ。

ということが骨身にしみてわかってくる。


けれども、中小企業の社長たちは
小さな成功体験しか持たないひとが多く、
その体験を後生大事に抱えて、捨てることをしない。

大きくなれないのはそのせいだということにも気づかないので
たいていは、自分以外に原因を見つけて、もぐら叩きをする。
その繰り返し。

別に大きくなることがエライなんて思っていない。
でも、老舗ブランドが持続している背景には、
守るべきものと捨てるべきものが明確に意識されている。
ということがわからないと理解できないと思う。

捨てない会社の社長は
パンフレットを作る際も、
リクルーティング用にも使えて
新規開拓にも使えて、などど強欲なことを言い張る。

おめえたちは、だから
万年補欠企業なんだよ!と言いたいところをぐっとこらえて、
「まあ、努力してみます」と言う。

あー、めんどくさい。

だって、いま何をすべきか。がわかっちゃないのだ。
いま何をすべきか、が明確にわかっていれば、
他のところはばっさり捨てることもできる。
捨てなければ、エネルギーも資金も資材も分散されすぎてしまう。

光も集中させないと鈍くなるように、
目的も集中させないと輝けないのだ。

目的に集中できないものが、
他社に大きく差をつけて成長できるわけがない。

だから、万年中小企業なのだ。
と、こんなところで叫んでいても締め切りはきてしまう。

あ~、私は私をばっさり捨てたい。

いまいちだなあ、って思っているひと、
自分の「捨てない度量の低さ」がすべての原因だと考えてみてはどうですか?

かくいう私も、ことしは
いろいろ捨てたり、捨てられたりの連続で、
捨てるときは痛みがともなうものなのですが
なんだか少しずつ頭上の雲がすっきり晴れてきた感じ。

捨てないひとはずーっといまのままです。
捨てないと、奇跡はおきません。

地球がアセンションだなんだとおっしゃっている方々、
結局、人類のエゴを捨てないと、何もおきません。

まずは捨てることから始めてください。

捨てても、必ず次のアイデアはある。

捨てても、救われるのだと信じて、
ジャ~ンプ!
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by hiroQ111 | 2006-09-23 10:48 | 吠える
ここ数日、大阪は雨模様で、あまり気温も上がらない。
何を着れば適温で過ごせるのか、
出かける前に窓の外を眺めてちょっとばかし思案する。

寒いかな?でも暑かったらイヤだし。

今日も街へ出かけたついでに
軽い羽織りものがあればと、ある洋服店をぶらりと散策した。
ちょうどきれいな若草色のカーディガンがあったので、
ハンガーから外してながめていたら
お若い店員さんが、にこやかに声をかけてくださった。
「その色、最後の一枚なんですよ」とのたまう。

「ちょっと羽織ってみませんか」と声をかけていただいたので、
まあ、せっかくだからと思って、鏡の前に向かった。

が、洋服の上から若草色のカーディガンを当ててみただけで
サイズが小さいなと気になった。

「このサイズ、いくつ?私はMサイズなんですけど」

「これは、えーっとSMSS……。大丈夫ですよ。お客様なら」

さらに、店員は付け加えて、
すっきりしたデザインの割りに、ゆったり着れるだの、
細く見えるだのとあれこれセールストークを続ける。


店のひとが大丈夫と言うのだから、
見た目よりもゆったりしているのか?と半信半疑ながら
袖を通してみる。

うげっ、キツイ。

店員はカーディガンのもう一方の袖も
無理やり私の腕に通してしまった。

「私、Mサイズなんだけど、このサイズ何?」
半信半疑の私は、すっかり疑惑の目で店員を見つめる。
「えーっと、通常でいえば、SSサイズです」

脱がして。
あっ、キツイ。
そっ、袖が伸びてるんちゃうの?
わっ、脱げない。そっちひっぱって。

私、「こんなの小さくて着られません」
店員、「そうですか…。
Mサイズでしたら白もありますが、Mはちょっと大きめなんですよ」。
ほらね。大きいでしょ?と得意気に広げて見せる。

私は、だんだん買いたい気が失せてしまい、
それどころから、あろうことにSSサイズを私の袖に無理やり通した
この店員の脳みそぐにゃぐにゃぶりにたじろいでしまった。

恐るべし。G▲P

さようなら~!!
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by hiroQ111 | 2006-05-20 20:34 | 吠える

罪は深いよ。NHKさん

「世界が100人の村だったら」の翻訳者であり、
その思想を日本に広めた功労者 池田香代子さんが講演で紹介された
ちょっとショッキングなお話です。

以前、NHKが憲法第9条の改定問題について、
一般の人々にアンケートをとりました。

その結果をTVで公表する際、
●改定反対 38%
●改定賛成 38%
●わからない その他 24%
とでました。
(※事実は、38%ではなく、39%だったかもしれません。)

改定反対派は、青で表示され、
改定賛成派とわからないその他の合計62%は
同じ暖色系の色で表示されました。

それを見ていたひとから、
同じ暖色系の色で表示すれば、
瞬間的に憲法改定を支持するひとのほうが多い印象を受ける。
NHKは暗に心理操作していると、文句の電話が殺到したのです。

そこでNHKは、色使いを変えて、翌日再発表しました。

ところが、その裏にもうひとつの真実が隠されていました。

アンケートの回答のうち、
「改定賛成」と答えたひとの11%は
9条をさらに強化した内容に変えるべきと答えていたと言うのです。

にもかかわらず、NHKは「改定賛成」をひとくくりにして38%と表現。

アンケートの真意を正確に表現するなら、こうなります。

9条の憲法遵守を願うひとは、49%
軍備を持ちたいと願うひとは、27%
わからないその他のひとは、24%
これが、アンケートの真意です。

NHKは国民のものです。
それなのに、権力者の意向に沿って
事実をうまくごまかしながら表現しています。

そのようなことが起こるのは
私たち国民が権力者に権力を持たせてしまっていることの証拠です。

国民ひとりひとり、できることは違う。
しかも、ひとりひとりはとても微力。
でも、決して無力ではありません。

微力でも、その力を何かで示せば、
そう、たとえば、
ひとりが5人に伝えるだけでも、世の中に波紋が広がります。

いま、世界中に配備されている原子爆弾の数は、
百の単位でも千の単位でもないそうです。
万の単位。
それだけあれば、地球なんて木っ端微塵。

睨みあうことを止めなければ、世界はますます軍備増強へと急ぎます。
睨みあうことを止める。それがひとり、ふたりと増えていけば
やがて、世界の潮流になれば。
人々の集合意識が変われば。

政治家はこれに従わざるを得なくなります。
主権は国民である私たちにあるからです。
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by hiroQ111 | 2006-02-20 16:31 | 吠える
長い夏休みだった。
心のお休み。

自我を滅却しようとトライしてみたら、
どんどん自分を追い詰めて、ふらふらになってしまった。
初めてプールにはいったひとが、
いきなり50メートル潜水に挑戦したみたいなものだろう。
「hiroさん、そりゃ筋肉疲労を通りこして肉離れを起こしてるみたいなもんやで」
と友人に鋭い指摘をされ、あっさり敗北を認めた。

自我を滅却する山はあまりにも遠く、高い。一時退却。
次回は筋トレに励み、トンネル方式ではなく、
空中攻撃に切り替えてみても面白いかもしれない。

すべて自分の意識が巻き起こしているドラマである。
意識を生み出す脳細胞たちは、
良き友人であり、悪友であり、悪魔であり、天使である。
つまり、自我とはそういうものなのである。

ミミズとして生まれてきたら、
きっと自我に悩まなくて済んだだろうけど
人間として生まれたからには、暴れん坊の脳細胞を受け入れ
まるでわが子のように育てていかなければならないようだ。

私はある時期から、
自分をとてもつきあいづらいヤツだと思っていた。
でもそれは、自分を軸にして眺めての感想ではない。
社会や他人を軸にして眺めた自分だった。

日本社会は、他人や世間を軸にしたがる。
その軸が八百万の神様だった時代は胡散臭いことも許しあえるような
伸縮性を備えた社会だったように想像するが
トレンドとか世論みたいな
吹けば飛ぶような幻想を軸に据えるようになってから
違和感を感じてついていけない人たちが増えたように思う。

軸をもって生きることは、それはそれで厳しさに耐えなければならないことだが
吹けば飛ぶような幻想を軸にしていると、
耐える力さえ失って、ぶよぶよの水ぶくれのような人間になってしまうかもしれない。

自我を滅却する山登りから一時退却した私であるが
次に、バリバリの自我が流れる川を目指して前進中。

対極にあるものは
実はひとつであるのではないか。
という仮説をもとに。

今日はここまでにしよっと。
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by hiroQ111 | 2005-09-26 11:49 | 吠える

かすみのようなひと。

不思議な出来事を体験すると、
しばし呆然として、理性がどこかへ飛んでいってしまい、
もぬけの殻になってしまう。

中学生のころのこと
とある、よく晴れた昼さがり、
裏山の山頂付近がベッドサイドにある鏡に映し出され
面白がって眺めていたら、
白いワンピースを着た女性らしき人影が見えた。
普通の靴で登れるほど低いなだらかな山なので、
たぶんピクニックでもしているのだろうと思っていた。

ところが、女性の帽子が突風で吹き飛ばされてしまった。
にもかかわらず、女性はあわてもせず、じっと木のそばを離れない。

何をしているんだろうと思い、
鏡から目を離し、窓の外をじっと目をこらして山頂付近を探すものの、
件の女性は、どこにもいない。

あれっ?

今度は、窓の外から目を転じ、
鏡のほうへ。そこにはじっと立ったままの女性の姿が。

あれっ?

窓と鏡を何往復しただろう。
女性の姿は、ついにどこにも見えなくなった。

いったい、なんだったんだろう。

時間が経つうちに、だんだん異常な点に気づいてくる。

女性が立っていた木は、
どう見ても2mは超えている。
となれば、女性は大オンナだ。(和田アキ子さんだって、そんなにはない)

鏡には存在するのに
窓の風景には存在しない。(鏡の国のアリスかも~)

あまりにも気持ちよく晴れた午後だったので
すべての感情が、雲のようにふわりと流れて去ってしまう。

翌日になって、冷静に考えはじめると
恐いという感情が、
じわじわと腹の底から沸き起こってきた。

あのときが、最初ではなかった気がするし
あのときが、終わりではなかった。

それは、まるでそこに存在するかのようにふいに現れ、
そして、かすみのように、まばたきした瞬間に消えるのだ。

旧暦だともうすぐ盛夏になります。

でも、かすみのようなひとに、季節は関係ないみたいです。

TVや映画で恐怖シーンがたびたび出てくるのですが
見ないように避けて通っております。

私は、いつでもハッピーに笑っていたいので
どうぞご協力のほどお願い申し上げます。(だれに言うとおねん)
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by hiroQ111 | 2005-06-05 23:06 | 吠える

末期症状です。

最近、新聞で叩かれている企業グループがある。
叩かれるには、叩かれるなりの理由があるのだが、
そんな折、そのグループに所属する、ある企業広告を請け負わせていただいた。

3つのデザイン案に、それぞれコピーをつけて、提出。

そしたら、Aのデザインに、Bのコピーをつけてほしいとお返事がきた。

「えっ、BのコピーはAのデザインにはあいません」

制作者として、企業がアホに見えるような広告を打つのはイヤだ。
商品に期待を持たせすぎてしまって、顧客を裏切るような広告を打つのも勘弁してほしい。

この手の葛藤は、業界ではすでに15年前のバブルの時期に終わっている。

マトモな企業は、この時期に学習を重ねているので、
上記のような矛盾のあるリクエストを制作者に求めない。
もっと戦略的で、リクエストが細かく、絞り込みが難しくなることもある。

アイダをとりもっている代理店は、とにかくさっさと仕事が終わればいいと思っている。

制作者の提案なんて、馬耳東風。
言われたとおりにすりゃ、とっとと終われるじゃん、って感じ。


それにしても、
あれだけ新聞を賑わせ、叩かれている企業なのに
市場との信頼回復が必要であるってことを考えもしないようだ。

会社の上層部が考えているなら、
広告担当者は真っ先にその意向を表現に採り入れなければならない。
でも、そうじゃない。

つまり、非を認めて反省し、信頼回復に務める意識がないのだ。

過去の栄光の上に、あぐらをかいてしまっている。
ご本人たちは過去ではなく、栄光は今も続いていると勘違いしているが…。
そういう企業や人物たちの末路は決まっているのだ。

今朝も同じグループ内の他社の名前がニュースになっていた。


合掌。


(あ~ん、また愚痴ってしまった。反省)
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by hiroQ111 | 2005-05-31 12:37 | 吠える

もういい加減にして!

JR福知山線の脱線事故に関わる被害は、
いったいどこまで広がってしまうのだろうか。
TVでも新聞でも、JR西日本の経営体質を叩きまくったかと思えば、
続いては、当日のJR社員たちの行動を事細かく調べあげ、
個人名を挙げての徹底攻撃である。

マスコミは、すでにジャーナリストとしての理性を失っている。

阪神大震災のときも、
マスコミの多くは、カメラをまわし、マイクを向けていただけだ。
しかも、災害現場の上空にヘリコプターを急行させ、
風をあおり、救援する人々の声を掻き消した。

そんな人たちが
自分の職務を果たそうとした人のこと、
よく攻撃できるね!?

災害現場の上空に爆音を轟かせるヘリコプターを差し向けるとは
想像力の欠如もはなはだしい。

想像力のないヤツらに、社会のためになる記事なんか書けるわけがない。

人間は、理性を失うほどの出来事に遭遇した場合、
咄嗟に習慣的な行動をとってしまう。冷静ではいられない。それが人間なのだ。

これが、紙面のトップを飾るような記事か?
彼等は国の法を犯したわけじゃない。ただのサラリーマンなのだ。

長野サリン事件の教訓は活かされていないのか。

すでにマスコミのお囃子に踊らされた市民が騒ぎ出している。
被害者家族ではなく、そのまわりに巣食う暴力市民たちだ。
「正義」の御旗を掲げて、善良な市民に毒矢を投げ付けるひとびと。
職務を全うしようとした社員とその家族は、彼等の格好の餌食となる。

群集心理を承知の上で、
毒を撒き散らすマスコミは、極めて悪質である。

記事に踊らされてはいけない。
スポンサーの顔色をうかがいながら記事を書く、大半がサラリーマンなのだ。
彼等も家族を養い、快適な家に住むために、
社命に従って取材をし、記事を書き上げている。
そうしなければ、始末書を書かされ、
ボーナスカットされるかもしれないもんね(笑)。

問いかけるべきは、自分の良心なのだ。
いまのマスコミには、その良心すら見えてこない…。
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by hiroQ111 | 2005-05-05 00:49 | 吠える

敏子さん、急死。

昨日、岡本敏子さんがお亡くなりになった。
新聞の訃報欄で知った。享年79歳とあった。
今年始めに京都の精華大学で講演を行った際、
私もぜひにお伺いしたかったのだが、都合がつかなかった。
岡本太郎氏の著書や敏子さん自身の著書の中でしか
私は出会ったことがないが、
一度でいいから、生前にお会いしたい方であった。
太郎氏がお亡くなりになってからも、
あちこちで講演なさっていたから、
機会なんて作ろうと思えば作れたはずなのに。

残念だとは思わない。
敏子さんの魂は、太郎さんの魂と再び出会っているのだろうから。

敏子さんは、お亡くなりになるまで
太郎さんの人としての素晴らしさを説いてまわり
まるで布教活動みたいだと思っていた。

敏子さんは心底、岡本太郎に惚れていたのだろう。

かくいう私もかなり影響されたクチだが
あんなに潔くて、骨が一本ピシッと通っていて
それでいて野暮じゃなく、いやったらしくもなく
人間としての可愛らしさを備え、
あふれる知性をオブラートに包み、
なおかつユーモラスであった。

その著書を読めば
そういう人物像がイメージできる。

けれども、敏子さんという広報ウーマンがいらっしゃらなければ
岡本太郎の活動は、なかなか世間一般に広まらなかったかもしれない。

ひとの人生は様々な縁によって支えられているのだとわかる。

敏子さん、ありがとうございました。さようなら。
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by hiroQ111 | 2005-04-21 14:49 | 吠える

クレーム処理のゆくえ。

ルンルン、ランラン。お買い物♪ お買い物は楽しいな♪

などと浮かれてばかりもいられない。
N電話会社からあるサービスを購入した。
ネット上で購入したので、担当者から確認の電話が入る。

ここまでは、とても常識的。
担当者のAさん、「この度は、Bをお買い上げいただきありがとうございます。
ご購入されたのは、Bのサービスと、Cのサービスですね?」。
うん?違う。違うよ。

「購入したのは、Bのみです。Cは不要です。
Cは他社のサービスを継続購入していますので」

初回の電話は、一連の確認で終わった。

1週間後、2度目の電話。
「たしか、Cをお買い上げのお客様でしたよね?」
ええ~!違う違う。

「前回も申し上げましたが、Cは他社と契約していますので、必要ありませんよ。
誰かと間違ってお電話頂戴しているんですか?」
「ええ~っと。あっ、いえいえ、hiroQさんですよね?
Cをご購入希望っておっしゃっていたかと…」

この時点で、この担当者の危なさを悟り、何度も何度もくどいくらいに確認した。
「電話で話しているだけでは心配なので、
文書で確認できるようにしてほしい」ともお願いした。

分割払いを利用するため、私は保険証のコピーや
住所確認をするため、カード会社から届いた郵便物の表紙コピーを同封して
N電話会社に送っておいた。

Bを自宅宛に宅配するという電話をもらったあとで、
つまり、すでに契約は履行されている時点で、その担当者はあろうことか
「保険証の控えがこちらに届いていないようなので送っていただけますか?」
と、電話してきた。

しばし絶句。

「契約書に同封していますが、至急確認していただけませんか?」と私。
「あっ、そうでしたか。失礼しました。こちらでは書類が手元にないものですから」

はっ?確認もせずに電話してるってこと?????

私は、心に熱くたぎるマグマの噴火を抑えつつ、
「コピーと言えど万一のことがあると恐いので、
一度確認してからお電話をいただけませんか」とお願いした。
5分後に彼女は電話をしてきた。
「担当者に聞きましたら、きちんと保管しているということです。
ご心配をかけました」。

私は、「申し訳ないが、担当者と直接お話がしたいので、
電話をいただけないか」と再度お願いした。

すると、彼女の上司だと名乗る男が電話してきた。
保管担当者ではない。

「いやあ、すいません。話を聞いて、私もびっくりしてるんですよ。
いま、そういうことじゃいけないと彼女を怒っておきましたから」。

…………。

は~、びっくりしたー。卒倒するかと思った。

この会社、いったいどうなってるんだ?

「彼女を怒っておきましたから」。おっさん。大丈夫か?

私は気をとりなおし、
「彼女が悪いわけではなくて、
会社の体制自体に問題があると思っています。
客の言ったことを控えるとか、
書類の有無が誰でも確認しやすい状況にないことが原因なのだから」

さらに、「個人情報の流出を危惧しているので、
くれぐれもそのような事故を起こさないよう注意してくださいね」と念押しする。

その上司は、再度自分の名前と部署名を名乗る。
無事にこの“台風”が過ぎ去ってくれることを懸命に祈っているようでもある。

“台風”だって、無責任なあんたと話をするのはゴメンですよ。
突発的自体に遭遇した時、犯人探しをするだけのバカな上司のもとで
優秀な部下が育つわけがない。

クレームをどう活かすか、それが大事なんだ。
怒ったからといって、問題は何も解決しない。
怒られたら怒られるほど、その体制の「問題」に責任を転嫁したくなる。
あるいは、萎縮してしまって、成長の機会を逃してしまう。

クレームは自分では気づきにくい問題点を日の目にさらしてくれる。
成長の萌芽を含んでいるのだ。クレームをもらうってことは運がいいのだ。
それはチャンスが目の前からドンブラコと泳いでくるようなものなのだから。

ただし、理不尽なクレームや、我慾にまみれたクレームなど
1歩間違えれば犯罪の匂いがしそうなものは、別だけど。

バカ上司、私はあんたを怒ってあげたいよ。
こんな「うるさババア」だって、世の中にはひとりぐらいいたほうがいい。

hiroババア、今日も元気だ。文句あるか。
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by hiroQ111 | 2005-04-13 12:59 | 吠える

名前、決定。

6年前にコピーライターとして独立したが、
適当な名前を思い浮かばなかったので、なんでもいいや、と思い
自分の名前に「事務所」とくっつけて、すべてそれで済ませていた。
別に記号みたいなもんだし、仕事に差し支えるわけじゃなし。
なんでもよかったのだ。そのときは。

でも、昨年、中小企業のとある団体に参加したことで
まわりを見渡せば、経営を生業としている方ばっかり。当たり前だけど。
それまではひとりでフラフラ生きていれば良かったのに
なんだかもちょっと事務所としての方向性とか、採算性とか、
きちんと考えなくちゃいけないなあと思いはじめた。

そこで、まずは看板を立てることにした。
生活する上で、これまでなし崩しになっていたプライベートと
パブリックの境界を分けるためにも、看板が大事になる気がした。

名前は簡単。
Present AD Produce

プレゼントには、刻一刻移り変わる「現在」という意味もあれば
贈り物という意味もある。

私にとっては神様からの贈り物。
ふと頭に浮かぶイメージや言葉が、すなわち神様からの贈り物。
贈り物は私のところに留めるのではなく、
クライアントにも、その向こうにいる私と同じ生活者の方々にもお届けする
そんな気持ち。

ある講演会のテープを聞いていて、ふと「これにしよっ」と思った。

なんで、ブログでこの話を書くかというと、
私の退路を断つためである。

自分でも驚くほど、面倒臭がり屋の私。
いつだって、まあいいか、また今度でいいや、と思いながら生きてきた。
急げば青信号で渡れるのに、いつだってすぐにあきらめて
目の前の信号は赤色に変わる。
で、いつもあとでしなくてもいい苦労をするハメになる。

母親にいつも「グズ」とののしられていた私。

春だもん、自分もリフレッシュしなくちゃ。
ぐずぐず言わずに、まず動く。
動きながら考える。ファイトー!ジブン。

(でも、仕事の締め切りは死守してきたもんね。そこだけキッチリ。)
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by hiroQ111 | 2005-04-07 13:29 | 吠える