理屈よりも体の感覚が好き。直感が大事。


by hiroQ111
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カテゴリ:今日の発見( 23 )

マザーテレサからの伝言

下記はマザーテレサの言葉です。
とても勇気をもらったので、ここに記録しておくことにしました。

============================

ひとは不合理、非論理的、利己的です。
気にすることなくひとを愛しなさい。

あなたが善を行うと、利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう。
気にすることなく善を行いなさい。

目的を達成しようとするとき邪魔立てするひとに出会うでしょう。
気にすることなくやり遂げなさい。

善い行いをしてもおそらく次の日には忘れ去られるでしょう。
気にすることなくやり続けなさい。

あなたの正直さと誠実さとがあなた自身を傷つけるでしょう。
気にすることなく正直で誠実であり続けなさい。

あなたの作り上げたものが壊されるでしょう。
気にすることなく作り続けなさい。

助けたひとから恩知らずな仕打ちを受けるでしょう。
気にすることなく助け続けなさい。

あなたのなかの最良のものを世に与えなさい。
蹴り返されるかもしれません。
でも、気にすることなく最良のものを与え続けなさい。
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by hiroQ111 | 2007-05-28 02:02 | 今日の発見
ず~っと長いこと、不思議に思っていたことがある。
自然には無駄がない。それはわかる。
では、なぜ、私たち人間はそれぞれの人生を
いつも赤ちゃんから始めなくてはいけないのか。

私は輪廻転生はあると思っているし、
光の層だとか、集合意識、集合無意識に
アクセスしているひとがいるとも思っている。
まずはここが前提となる話だが。

魂は学び成長するものだと考えると、
ひとつの人生を終える頃には相当の経験がたくわえられる。
数百の人生を終えた魂なら、その経験値は「賢者」に等しいとさえ思う。
なのに、私たちの魂は、その情報を常にリセットされ、赤ん坊としてこの世に生まれる。

私はもう何回も考えた。
この経験を持ったまま、若い頃にリセットできたら、
いまよりもっと面白い人生を歩めただろうにと。

でも、すべての人生は赤ん坊から始まる。

この点について、宇宙、自然の合理性はどこにあるのか。

ゼロでなければ、できないこと。叶わないこと。

それが、「感じる」ことではないだろうか。
経験を記憶していると、
感じる前に、「危険」だの「常識」だの、
あのひとはこうだ、このひとはどういうひとだのと「浅知恵」が働いてしまい
ただ感じれば良かったものを、
過去のデータによって色付けしてしまう危険性が多いにある。

魂は感じたいのだ。
感じることのできる、芸術的に素晴らしい装置なのだ。「人間」は。

好きな場所を感じる。おもしろい話を感じる。
太陽の熱を感じる。光を感じる。風を感じる。
緑のみずみずしさを感じる。枯れ葉のかさこそと鳴る音を感じる。
ひとの痛みを感じる。無条件の愛情を感じる。

これら一連の流れに心を浮かべていると
その流れが複雑に押し寄せてくるほどに、
心には、幾重にも色を重ねたような、深みのある「感じ」が生まれる。

雨を感じ、雨上がりの清々しさを感じ、晴れた日の開放感を感じる。
この一連の流れに心を浮かべるからこそ、
様々な「感じ」が交差し、またつながりあい、からみあい、あるいは反発しあって
さらなる「感じ」の誕生を促すのである。

ちょうど池に投げ込んだ石が波紋をひきおこすようなものだろう。
見るもの、聞くもの、肌ざわりなどによって
「感じる」池に石や葉が投下され、波紋が生じる。
波紋はつねに複雑にからみあって新しい流れを創り出す。

感じることを自らの糧に換えられる種族は、芸術家だけだろうか?

新鮮な野菜を求めることは?
昔むかしの歴史に想像をめぐらすことは?
商品づくりは?世紀の大発明は?

私たちが磨かなければならないとすれば、
頭でも精神でも身体でもない。
むしろ「感じる」ことだと思う。

もしも、
「感じる」ことが、魂のリトマス試験紙で、
魂との対話がまさに「感じる」ことだとしたら?

もしも、もしも、
「感じる」ことが、
宇宙や自然、あるいはある次元層のエネルギー源になっているとしたら
私たちはせっせせっせと「感じる」ことで、宇宙や自然に貢献できる。
かもしれない…。

さては、感じてみるとしましょうか。
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by hiroQ111 | 2006-05-15 02:38 | 今日の発見

爆笑、結婚式スピーチ。

ある方のHPに掲載されていた情報です。
久々に手を打って大笑いしました。

中村屋さんが結婚式でスピーチをはじめたら…。
あら、あら、あららら。

http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=22968


ひとり関西弁のおっさんがまじってますねえ。
間、抜けてはりますよ~(笑)。

制作者はどなた様なんでしょう?
お笑い作家なんでしょうか?

(※制作者を探そうと思って、あちこちクリックしたら、
  お色気HPへアクセスしておりましたので、ご興味のない方はご注意を)

わはははは。は~。
ありがとうございました。
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by hiroQ111 | 2006-02-11 21:45 | 今日の発見

hiroQとの対話

あなたは、生きていること自体が修行だと思いますか?

はい。思います。

では、誰に鍛えられているのですか?

えーと、出会ったすべてのひとと。
ときには私が反面教師になってひとの嫌がることをしました。
ひと様に教師を頼んで、痛い目にあわせていただくこともありました。

その効果はありましたか?

うーん、そうですねえ。
どうでもいいような問題で怒ったりケンカしたりいじめられたり。
いま考えると幼稚な精神レベルだったかな。
だから、その時々にぴったりあった精神レベルの方々と
強制勉強会を開催していたような感じです。
つまり、お互い様って言葉は、
お互いに学びあう関係ってことじゃないでしょうか。

悔い改めているのですか?

いえ、後悔ばっかりしてても自分が辛いので
お互いに学びあって成長してきたんだ!いうポジティブ思考に切り替えて
自分のことも相手のことも責めないようにしないと。
責めている自分も結構心が痛いものだから。

じゃ、反省はなしってわけ?

いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
反省してるもん。何回も反省したもん。
ひとは、気づかせたり気づかされたりして、成長するんだから
教師役と生徒役がぐちゃぐちゃに入り乱れている状況が
実は世の中の正しいあり方ではないかと。

はっはっは。
つまり、善悪を区別するものはないということか?

ええっ、まあ。そういうことに、なるかと…。

どんなことが起ころうと、ホントにそう思えるな?

えっ、あっ、いやっ。そんなワザワザいけずせんかったって…。
まあ、なるべく離れた地点から自分を見守っていくことにします。
甘く、優しく。ぜんぜん厳しくなく。
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by hiroQ111 | 2006-02-11 01:42 | 今日の発見
先日、高熱をだして寝込んでいたとき、
うなされているのか夢なのか判然としませんが
朦朧とした頭に映像が走馬灯のように次々に映しだされました。
それは、私が、過去しでかしてきた悪行の数々でした。

えっ、こんな悪いことを私はしてきたのか?
可愛い悪事もたくさんありましたが、
ちょっとギョッとなるようなこともしでかしておりました。

アルバイトをさぼるのに友人にウソ電話をかけてもらったり
親にウソをついてお金を騙し取ったり(高校生のおこづかい程度ですけどね)
上司をバカよばわりして悪口言いまくったり
遅刻もたくさんしたし
ひとが紹介してくださった方の態度が許せず、いきなり抗議の手紙を送りつけたり
とてもじゃないけど、すべてを書きだすとキリがないほど。
とにかくたくさんの方にご迷惑をかけてきました。
あ~、そうですとも。私は悪いヤツです。

高熱のあと、大反省したことは言うまでもありませんが
あまりにもたくさんの悪事を思い出したことで
私のなかには、悪の芽がぎっしりはびこっていて
油断をしてしまうと、いっきに悪の芽を育てることになりかねないと痛感しました。

他人を責める資格なんて私にはさらさらないのだということを
イヤというほど思い知らされました。
ホントに閻魔さまの前に引きずり出された罪人のような気分でした。
1週間以上経ったいまも、ひたすら懺悔の日々です。

また、逆の視点で言えば、
私は、過去に、たくさんのひとから腹の立つことをされ、
たくさんひとを嫌いになりました。
でも、なんで腹が立ったのか、よ~く分析してみると
自分も相手の立場をちゃんと理解していなかったな~とか
取るに足らないようなことを大きく重たく考え過ぎていただけだったなあ~とか
ここでもまた反省すべきことがわかってきたのです。

物事は、自分の心の目で見ているだけなのです。
物事は、捉え方次第で善にも悪にも転ぶ、幻のようなものです。

自分の心の目が、鏡の役割を果たしているのだということに
気づきはじめました。

物事はいくらだって悪く言えるし、
いくらだって良く言うことができる。

つまりは、自分が感じたいように物事の側面を見ているだけ。
丸いお月様の裏側は見ることができないのと同じ。

良い面だけを見て過ごせば、
自分のまわりの世界は優しさと愛情にあふれるものになります。

そういう意味で、
私たちは世の中を鏡のように映して見ているだけなのだと思うようになりました。

イヤだなと思うひとが目の前に現れたとき、
それは、私のなかにもある「イヤなヤツ」が鏡面になっているのだなと考え、
何か良い点を探そうと努力をはじめています。

イヤだなと思うひとと会って、良い点を見つけるのは
すごく難しいのですが、このトレーニングを続けていけば
きっと自分のプラスになるはずだと考え、忍耐強く続けていこうと思っています。

ボールのこちら側が陰になっていれば、
向こう側には光が射しているはず。
なるべく光の面だけを見ていこう。
光を感じることができた日は、
それは自分の心が光っている日。
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by hiroQ111 | 2006-02-10 01:39 | 今日の発見
数年前から毎年ルールを決めて生きている。
でも、時々破っては反省する、その繰り返し。

時間がある限りYESと言う。
愚痴は言わない。
好き嫌いを言わない。
自分の好きなことを優先する。
言霊を活かす。

かなり思いつきのルール。
でも、ルールを決めていることで
決断が早い。迷いが少ない。
ただ、失敗は多い。ので、学びもたくさん。

時間がある限りYESと言うというテーマの年は
したくもない仕事を引き受けては
めちゃくちゃストレス溜めて、イライラしていたなあ。

好き嫌いを言わないってルールの年は、
半年でネをあげてしまった。
好きと嫌いは人生の妙味。
つまり、味覚から甘いの辛いのを取り去った状況。
生きてるのがつまんない。つまんない。
だから、半年でヤメた。
その年の9月からのテーマは、
好きなことを優先して生きる。
180度反転した生活に、毎日ルンルン気分。

でもね、ちゃんと自分の目的や生活スタイルにあった
ルールでなくては意味がないかもしれません。ふむ。

ちなみに、
北海道のお菓子屋さん「六花亭」の社長のルールは⇒
『真心のこもったお菓子をつくり続けるためには、
つくる人の心を大事にしていないと出来ない。
だから、毎日誰かがヒーローになれる場づくりをしている。
すべてのひとにスポットライトを当てる。
そのためのコストは必要経費である』

アニメ映画監督のルール⇒
『創造的ディスカッションはすべて肯定的意見であること。
もし否定的な意見を出す場合でも、
必ず肯定的意見を用意しておくこと』

知りあいの工学博士のルール⇒
『親切も親孝行もひとからの頼まれごとも、とことんやる。
これでもか!の徹底的な実践が大事』

とあるTV局に提出する企画書のルール⇒
『企画書はA4 1枚で提出すること。言い換えれば、
A4 1枚に凝縮できる研ぎ澄まされた企画であり、
骨子が明瞭であること。』

私のようにルールをころころ変えていると
「あ~またか」と言われて、信用につながらないが
上記の人々は、徹底的にルールを死守して
まわりのひとの信頼を勝ち得ている。

そうかあ、ルールは守るためにあるのね。
棚の上に飾って喜んでいるだけじゃ、ダメかもなあ。

私の場合は、
ルールを適当に守るってのが、いちばん似合ってるかも。は~。
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by hiroQ111 | 2006-02-09 00:51 | 今日の発見
次第に形勢が不利になっていくのを感じながら
ここまで被害が広がった原因は何か
原因の根本はどこにあるのかを、頭の隅々まで虱潰しに探してみた。
と、同時に甚大な被害が広がっていくなかでの闘い方について
つまり、残り少ない戦力で「負けない」勝負を闘いぬくための方法論を
模索しなければならなかった。

戦場は背中がぞくぞくするほどの熱で充満していた。
ここで寝てしまっては、敗北は必至。
とにかく栄養補給と水路補給を万全にして、
気力を集中させておかなければならない。

頭が朦朧とするほどの熱との闘いに追われながらも
我が兵士たちは黙々と仕事をこなし、
一時は劣勢に喘ぎ苦しめられたが、
3日間の攻防戦でついに我が軍は総攻撃に転じ、
なんといとも易々と敵軍を一掃してしまった。

我が軍は60兆。

地球上の人口が64億人と言われている現在において
はるかに凌駕する組織を私は有している。
まっ、いわずと知れた細胞のことだけど。

私は、38度の熱を横目にみながらも
仕事を完了させるために、我が軍の集中力が散乱することのないよう
目頭に力を凝縮させ、視線の先から読み取る情報を
一端、脳細胞に引きこみ、
参謀会議で検討し、敵軍の攻撃が始まる前に
密かに文章化してはデータに落とし込み続けた。

兵士の疲労の色は濃く、初日は早めに休ませ、
翌日の決戦に備えた。

私は敵軍が油断しやすい早朝作戦に切り替え、
早朝から仕事をこなしていた。

昼頃になると敵の熱爆弾は次々投下され
気づくと39度近くまでに熱の波紋が拡がっていた。

げっ。
許せん。

私は、ここまで疲労に耐えて耐えて闘い続けた兵士のために
とにかくビタミンCとカテキン補給戦略で徹底抗戦の構えにでた。

ウイルスにはカテキン。
免疫を助けるにはビタミンCを次々補給し続けてやらなくては。
睡眠前には瞑想音楽を流して敵の戦意喪失を図ってやる。

60兆の我が兵士たちよ。
目覚めよ。

全細胞を組織して、敵に総攻撃の夜襲をかけよう。

そして、私は体を横たえ、眠りについた。
熱はすでに39度5分まであがっていた。

私は高波動水と書かれた「三隅の潤水」(某店 店頭価格 240円)を
グラスに注ぎいっきに飲み干す。

我が軍が総攻撃に転じている間、
私は、水分補給はもちろん、頭を冷やし続け、
体力が無駄に消費されることのないよう、体の力をできるだけ抜くよう心掛けた。

夢なのか、妄想なのか、うなされているのか、判然としないまま
様々なビジョンを走馬灯のごとく見つづけて、ようやく白々と夜が明けた。

熱は一気に37度4分まで下がっていた。
私は勝利を確信した。

60兆の兵士を厚くねぎらい、幾度も幾度も礼を述べ、
疲れきっているであろう兵士のために、
水分とビタミンを補給し、再度睡眠をとることにした。

ありがとう。全細胞たち。

ひとの体は60兆の細胞で構成された組織体である。
組織は目的のために働く。
目的は何か?
それは、私たちひとりひとりの「潜在意識」ではないか。

潜在意識層とつながることができるほど
意識を強化することができれば
言い換えるなら、
意識と潜在意識とがひとつの目的に向かうとき
ひとは60兆の組織を味方につける史上最強の個となり得るのではないだろうか。

60兆の組織を集中させ、力を分散させないためには
やはり繰り返し、言葉で動機付けするしかないのではないだろうか。

この史上最強の組織を、
どんな軍団に育てあげるのも、自分次第である。
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by hiroQ111 | 2006-01-28 00:09 | 今日の発見
ひと仕事終えてパンを買いに外へ出た。
今日の関西地方は快晴に恵まれ、
並木道に降り注ぐ木漏れ日が気持ちいい。

ベンチで寝てるひと、虫を追いかけている鳥、
自転車を置いたまま鳥のように話続けている近所のおばさん。
みんな幸せそうだ。

散歩をしていると
頭のなかにたくさんのことが降って湧いてくる。

以前、相撲の地方巡業のチケットをたくさんいただいたことがあり、
それが金沢場所だったため、
大阪にいる私はチケットを捌くのに難儀したことがある。

ひとから頂戴したチケットだから、
喜んでもらえるひとにお届けしたい。
でも、金沢に知り合いなんていたっけ?と考えるほど
知人は少ない。

大阪在住の人々に、金沢の知人・友人に喜びを送ろう!キャンペーンを展開。
(私ひとりの主催ですが…)
すると、ポツリポツリと出てきました。
金沢に実家があるひと、嫁いじゃったひと、
金沢に帰ってしまった友人などなど。

でも、試合開催日までもう一週間しかないという差し迫った日程。
たいていのひとは予定が決まっていて空かない。
なのに!なのに!
チケットをくれたひとは、
「ちゃんと差し上げてくれた?」
「実際に行ってくんなきゃ困るんだからね」とうるさい。

だいたい東京よりも大阪のほうが金沢に近いからという理由で
私のところにチケットを郵送してくれたのだ。
開いた口がふさがらない。
ふ~っ。

あの手この手で探すこと一週間。
どうにかこうにか格好がついたが
そのときの私は、「こんな面倒に巻き込まれるのはコリゴリ!」
そんな気分だったのだ。

ところが、巡業当日が終わり
チケットを差し上げたご夫婦や友人たちからお礼の品をいただいた。
丁寧なコメントとともに。

「相撲好きの父に喜んでもらうことができて、
久しぶりに親孝行ができました。ありがとうございます」って。

私とて、金沢で数年ぶりに大切な友人に会えるきっかけをもらったのだ。
なんであのとき「コリゴリ」なんて思ったんだろうなあ。
感謝すべきは私のほうだったのに。

心に残る思い出って、その裏側にはいろんなドラマが秘められているものなのに。
ドラマが面白いのは、予想外のハプニングが起こるから。

面倒なことこそが、実は楽しい出来事の前半分なんだなあ。


さて、私はパン屋さんに到着後、
お目当てのパンを購入して、少しお茶することに。
隣りの席では、なにやら大きな声でおばさんふたりがエキサイトしている。
どうやら職場に新しくやってきたチーフなるお姉さんが
生意気で無責任で礼儀知らずで…とにかく気に入らないらしい。
ふたりで意気投合し、話題も次から次へとでるわ、でるわ。

私は、ふと思う。
でもよく考えてみたら、誰かとお茶をするきっかけを与えてくれたのは
そのお姉さんがいたからなのだし
悪口言いながらでも共感しあえる仲間にめぐりあえているのは
やっぱりそのお姉さんのお陰ともいえるのだ。

面倒と楽しいは、やっぱりふたつでひとつ。
だから、にぎやかで実に華やか。
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by hiroQ111 | 2005-10-13 15:15 | 今日の発見

旧暦で、商売大繁盛!

本日は卯月の28日なり。
あと3日で新月がやってくるよ。

今日、旧暦カレンダーを購入したのだ。うれしい。

旧暦の日付には、月の満ち欠けも
動植物たちの動きや変化もわかりやすく工夫して記載され、
右下には太陽暦も小さく併記されている。

おもしろい。

旧暦を見れば、
梅雨や夏のピークがいつ頃やってくるのかが、わかる。
去年と違って、今年の秋は例年通りに、
きれいな紅葉が見られる。
そんなことがひと目でわかる。

筍やワカメの収穫時期がわかり、
ツバメがいつごろやってくるのかがわかる。

実は、
気象庁が異常気象だと公表した現象が
異常なのではなく、暦通りだったってことがわかってしまう。

月や太陽に影響されながら、
絶妙なバランスで生き続ける地球の、
その呼吸のようなリズムそのものなのだ。

地球の上に暮らす私たちにとって
そのリズムを感じながら生きることは
利にかなった、スマートな生き方だと言える。

農業や漁業関係のなかには、
旧暦を活用して、毎年安定した収益を得ているところもあるようだ。

旧暦は、マーケティングにもおおいに役立つ。
たとえば、夏が短く、秋が早く来るという年まわりであれば、
夏物を早めに売り切って、秋冬物の仕入れを早めに準備する、
という流通計画や販促戦略が簡単に仕組める。

スーパーマーケットや百貨店なども
旧暦をMD戦略に取り入れれば、
無駄無く、かつ効率アップにつながるはず。

こんなに役に立つものを
日本では明治時代に廃止したのですね。

ザンネーン!

ちなみに、
旧暦カレンダーの発行元は
社団法人 大阪南太平洋協会です。

協会のHP中にある
旧暦カレンダーのページはこちらへ。
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by hiroQ111 | 2005-06-04 02:21 | 今日の発見
先日、納品したばかりのDMに印刷ミスを発見。
ホームページのアドレスが間違っていたのだ。
すべて刷り直し、無事納品させていただいたが、
個人事務所としては、結構痛い出費である。

だけど、担当者もあわてず騒がず、大目に見てくれたので
大きな傷にならずに済んだ。ありがたい。

でも、こんなことが何度も続くと、弱小事務所なんて木っ端微塵。
小さなミスひとつで、ギャラがすべて吹っ飛ぶ。
お勤め時代には、考えもしなかったことだが
経営とは、すべての責任を引き受けることなのだと
6年目にしてようやくわかった。(うわーん、遅いぞ~!)


ところで、
なんの問題もなく、平穏無事な毎日は
果たして幸せなことなのだろうか?

私のようなお気楽な人間にとっては
学びが浅く、成長が遅くなるのではないか。

困難なハードルを乗り越えてこそ、
体力、気力、知力が鍛えられていく。

「困難」と形容詞をつけるくらいだから
乗り越える時は、苦しいし、つらいし、不安だし、
自分を信じる気持ちが揺らいだりするものだけど、
無事であることが幸せなことだと勝手に思い込んでいるから
無事でない日々がつらくなってしまうだけのことではなかろうか。

これは、ジェットコースターのような
アップダウンのある面白い日々なのだ。そう思えば、
人生は、スリリングで、エキサイティングなものに見えてくる。

たとえば、毎日、腹筋運動を何百回とこなすひとがいるように
毎日、突発的出来事に耐え、乗り越えるための
心の腹筋運動をしているのだと考えてみる。

毎日が、予告のない実技試験ではあるが
腹筋をたくさんすれば、
それだけ突発的な出来事にスムーズに対処できるようになる。

それなのに、
毎日が平穏無事に過ぎていくってことは
学びを卒業したからか、あるいは
学べるチャンスを与えてもらえていないか。どちらかかもしれない。

生きている限りは、何度失敗しても毎回やりなおしができる。
ゲーム規定にはそう書かれている。

いくら稼いだか、いくら借金をしたか、
そんなことはゲームの勝敗には影響しない。

困難を前にしても、美しい姿勢を貫き通せたか。
使える技と知恵をどれだけ身につけることができたか。

ゲームに勝つたび、ポイントがじゃんじゃん加算されていく。
ポイントが貯まれば、豪華プレゼントがドドーンと届く。
神様、気前よくドドーンとね!!
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by hiroQ111 | 2005-06-01 02:20 | 今日の発見