理屈よりも体の感覚が好き。直感が大事。


by hiroQ111
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<   2005年 06月 ( 4 )   > この月の画像一覧

知人から本を送っていただいた。
書物を山ほど読んでいる方が、「目からウロコ」だったと真顔で言った。
何度読み返しても、胸がつまると言う。

本のタイトルは
『お金でなく、人のご縁ででっかく生きろ!2』

著者は中村文昭さん。
三重でクロフネというレストランを経営し、
心のこもったオリジナルなウェディングパーティを企画・運営してくれる。

著者は根っからの人なつっこい性格で、おせっかい。
どうしてこういう性格になったのかと考えたら、「母親」の影響だったと確信。

「ひとはひとのお陰で生きている。
私がひとのお世話をしておけば、めぐりめぐって
あんたらを助けてくれることもあるやろ」

人生の出発点にあるのは、親や身近な人間たちの物差しである。
物質的な豊かさでは乗り越えられないものが、人生にはある。

この本には、著書が出会った「すごい人物」たちが何人も登場してくるが
私が驚いたのは、
著書が出会ったひとりの「すごい人物」の、その父親だった。

「すごい人物」は、中学生卒業と同時に、父親から家出を命じられた。
戦後の話ではない。日本がバブルで浮かれていた頃の話だ。

父親は「乞食」として生きていけと息子に伝えた。

ひとの恵みを受けることで、ひとに感謝することを覚える、と父親は言う。
息子は、北海道を皮切りに、日本全国を4年という歳月をかけて行脚した。

その日を無事に生きる、そのこと以上に望みをもつとは
なんと欲深いヤツだ、というのが父親の物差しである。

息子はこの経験から、ひとに親切にしてもらうコツが
体のなかに染み付いたと言う。

親切をいただいて、感謝する。
親切をしたひとは、自分のなかの誇りと愛を感じられる。

ひとは、ひとの役に立つことで、自分の居場所を得るのだと思う。

以前、「ペイフォワード」という映画があったが、
まず自分からひとに親切をして、3人に親切をしたら、
その3人が次の3人に親切を受け渡す。

ネズミ算式に親切体験が増えて、世界はあっという間に幸せになりましたとさ。
と、うまくいくはずだったんだけど、
実際は、「あっという間」にはいかない。
人間の「欲」「自我」「プライド」はそうそう簡単には解けない問題で、
まっ、そこがないとドラマにはなんないわけで。

でも、希望はある。

映画ではない、実際に生きているひとたちが
すごい物差しをもって、その生き様を見せてくれている。
いま、現実に日帰りできるような距離に生きている。

今日、「ありがとう」って何回言えたかな。
優しくしてくださって、ありがとう。
鍛えてくださって、ありがとう。
みんなみんな、おおきにでした。
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by hiroQ111 | 2005-06-14 01:09 | 発想を爆発せよ

かすみのようなひと。

不思議な出来事を体験すると、
しばし呆然として、理性がどこかへ飛んでいってしまい、
もぬけの殻になってしまう。

中学生のころのこと
とある、よく晴れた昼さがり、
裏山の山頂付近がベッドサイドにある鏡に映し出され
面白がって眺めていたら、
白いワンピースを着た女性らしき人影が見えた。
普通の靴で登れるほど低いなだらかな山なので、
たぶんピクニックでもしているのだろうと思っていた。

ところが、女性の帽子が突風で吹き飛ばされてしまった。
にもかかわらず、女性はあわてもせず、じっと木のそばを離れない。

何をしているんだろうと思い、
鏡から目を離し、窓の外をじっと目をこらして山頂付近を探すものの、
件の女性は、どこにもいない。

あれっ?

今度は、窓の外から目を転じ、
鏡のほうへ。そこにはじっと立ったままの女性の姿が。

あれっ?

窓と鏡を何往復しただろう。
女性の姿は、ついにどこにも見えなくなった。

いったい、なんだったんだろう。

時間が経つうちに、だんだん異常な点に気づいてくる。

女性が立っていた木は、
どう見ても2mは超えている。
となれば、女性は大オンナだ。(和田アキ子さんだって、そんなにはない)

鏡には存在するのに
窓の風景には存在しない。(鏡の国のアリスかも~)

あまりにも気持ちよく晴れた午後だったので
すべての感情が、雲のようにふわりと流れて去ってしまう。

翌日になって、冷静に考えはじめると
恐いという感情が、
じわじわと腹の底から沸き起こってきた。

あのときが、最初ではなかった気がするし
あのときが、終わりではなかった。

それは、まるでそこに存在するかのようにふいに現れ、
そして、かすみのように、まばたきした瞬間に消えるのだ。

旧暦だともうすぐ盛夏になります。

でも、かすみのようなひとに、季節は関係ないみたいです。

TVや映画で恐怖シーンがたびたび出てくるのですが
見ないように避けて通っております。

私は、いつでもハッピーに笑っていたいので
どうぞご協力のほどお願い申し上げます。(だれに言うとおねん)
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by hiroQ111 | 2005-06-05 23:06 | 吠える

旧暦で、商売大繁盛!

本日は卯月の28日なり。
あと3日で新月がやってくるよ。

今日、旧暦カレンダーを購入したのだ。うれしい。

旧暦の日付には、月の満ち欠けも
動植物たちの動きや変化もわかりやすく工夫して記載され、
右下には太陽暦も小さく併記されている。

おもしろい。

旧暦を見れば、
梅雨や夏のピークがいつ頃やってくるのかが、わかる。
去年と違って、今年の秋は例年通りに、
きれいな紅葉が見られる。
そんなことがひと目でわかる。

筍やワカメの収穫時期がわかり、
ツバメがいつごろやってくるのかがわかる。

実は、
気象庁が異常気象だと公表した現象が
異常なのではなく、暦通りだったってことがわかってしまう。

月や太陽に影響されながら、
絶妙なバランスで生き続ける地球の、
その呼吸のようなリズムそのものなのだ。

地球の上に暮らす私たちにとって
そのリズムを感じながら生きることは
利にかなった、スマートな生き方だと言える。

農業や漁業関係のなかには、
旧暦を活用して、毎年安定した収益を得ているところもあるようだ。

旧暦は、マーケティングにもおおいに役立つ。
たとえば、夏が短く、秋が早く来るという年まわりであれば、
夏物を早めに売り切って、秋冬物の仕入れを早めに準備する、
という流通計画や販促戦略が簡単に仕組める。

スーパーマーケットや百貨店なども
旧暦をMD戦略に取り入れれば、
無駄無く、かつ効率アップにつながるはず。

こんなに役に立つものを
日本では明治時代に廃止したのですね。

ザンネーン!

ちなみに、
旧暦カレンダーの発行元は
社団法人 大阪南太平洋協会です。

協会のHP中にある
旧暦カレンダーのページはこちらへ。
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by hiroQ111 | 2005-06-04 02:21 | 今日の発見
先日、納品したばかりのDMに印刷ミスを発見。
ホームページのアドレスが間違っていたのだ。
すべて刷り直し、無事納品させていただいたが、
個人事務所としては、結構痛い出費である。

だけど、担当者もあわてず騒がず、大目に見てくれたので
大きな傷にならずに済んだ。ありがたい。

でも、こんなことが何度も続くと、弱小事務所なんて木っ端微塵。
小さなミスひとつで、ギャラがすべて吹っ飛ぶ。
お勤め時代には、考えもしなかったことだが
経営とは、すべての責任を引き受けることなのだと
6年目にしてようやくわかった。(うわーん、遅いぞ~!)


ところで、
なんの問題もなく、平穏無事な毎日は
果たして幸せなことなのだろうか?

私のようなお気楽な人間にとっては
学びが浅く、成長が遅くなるのではないか。

困難なハードルを乗り越えてこそ、
体力、気力、知力が鍛えられていく。

「困難」と形容詞をつけるくらいだから
乗り越える時は、苦しいし、つらいし、不安だし、
自分を信じる気持ちが揺らいだりするものだけど、
無事であることが幸せなことだと勝手に思い込んでいるから
無事でない日々がつらくなってしまうだけのことではなかろうか。

これは、ジェットコースターのような
アップダウンのある面白い日々なのだ。そう思えば、
人生は、スリリングで、エキサイティングなものに見えてくる。

たとえば、毎日、腹筋運動を何百回とこなすひとがいるように
毎日、突発的出来事に耐え、乗り越えるための
心の腹筋運動をしているのだと考えてみる。

毎日が、予告のない実技試験ではあるが
腹筋をたくさんすれば、
それだけ突発的な出来事にスムーズに対処できるようになる。

それなのに、
毎日が平穏無事に過ぎていくってことは
学びを卒業したからか、あるいは
学べるチャンスを与えてもらえていないか。どちらかかもしれない。

生きている限りは、何度失敗しても毎回やりなおしができる。
ゲーム規定にはそう書かれている。

いくら稼いだか、いくら借金をしたか、
そんなことはゲームの勝敗には影響しない。

困難を前にしても、美しい姿勢を貫き通せたか。
使える技と知恵をどれだけ身につけることができたか。

ゲームに勝つたび、ポイントがじゃんじゃん加算されていく。
ポイントが貯まれば、豪華プレゼントがドドーンと届く。
神様、気前よくドドーンとね!!
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by hiroQ111 | 2005-06-01 02:20 | 今日の発見