「ほっ」と。キャンペーン

理屈よりも体の感覚が好き。直感が大事。


by hiroQ111
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

<   2005年 09月 ( 1 )   > この月の画像一覧

長い夏休みだった。
心のお休み。

自我を滅却しようとトライしてみたら、
どんどん自分を追い詰めて、ふらふらになってしまった。
初めてプールにはいったひとが、
いきなり50メートル潜水に挑戦したみたいなものだろう。
「hiroさん、そりゃ筋肉疲労を通りこして肉離れを起こしてるみたいなもんやで」
と友人に鋭い指摘をされ、あっさり敗北を認めた。

自我を滅却する山はあまりにも遠く、高い。一時退却。
次回は筋トレに励み、トンネル方式ではなく、
空中攻撃に切り替えてみても面白いかもしれない。

すべて自分の意識が巻き起こしているドラマである。
意識を生み出す脳細胞たちは、
良き友人であり、悪友であり、悪魔であり、天使である。
つまり、自我とはそういうものなのである。

ミミズとして生まれてきたら、
きっと自我に悩まなくて済んだだろうけど
人間として生まれたからには、暴れん坊の脳細胞を受け入れ
まるでわが子のように育てていかなければならないようだ。

私はある時期から、
自分をとてもつきあいづらいヤツだと思っていた。
でもそれは、自分を軸にして眺めての感想ではない。
社会や他人を軸にして眺めた自分だった。

日本社会は、他人や世間を軸にしたがる。
その軸が八百万の神様だった時代は胡散臭いことも許しあえるような
伸縮性を備えた社会だったように想像するが
トレンドとか世論みたいな
吹けば飛ぶような幻想を軸に据えるようになってから
違和感を感じてついていけない人たちが増えたように思う。

軸をもって生きることは、それはそれで厳しさに耐えなければならないことだが
吹けば飛ぶような幻想を軸にしていると、
耐える力さえ失って、ぶよぶよの水ぶくれのような人間になってしまうかもしれない。

自我を滅却する山登りから一時退却した私であるが
次に、バリバリの自我が流れる川を目指して前進中。

対極にあるものは
実はひとつであるのではないか。
という仮説をもとに。

今日はここまでにしよっと。
[PR]
by hiroQ111 | 2005-09-26 11:49 | 吠える