「ほっ」と。キャンペーン

理屈よりも体の感覚が好き。直感が大事。


by hiroQ111
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<   2006年 02月 ( 8 )   > この月の画像一覧

フェイントをかける。

小さいころ、といっても小学1年生。

いまから思えば、たくさんの疑問を持ちながら
誰にも問わず、自分で解決策を見つけだそうとしていたのかもしれない。

あるいは、こどもながらに、
その疑問は「変だ」と気づいていたのかもしれない。
だから、誰にも問わなかったのか、


ある日、学校からの帰宅途中
「自分に見えている世界がすべてなのだろうか?」
ふと頭のなかにそんな疑問が浮かんだ。

「すると、この角を曲がってしまえば、
それまで見えていた世界は停止するのだろうか?」
と、仮説を立ててみた。

私の目に映っている世界だけが生きて動いていて
角を曲がって視界から外れた世界は、一瞬のうちにスイッチがOFFになる。

でも、ホントにそうなのかどうかを確かめるためには
曲がったふりをして、くるっと後ろを振り向かなくちゃ。

私は、何度もフェイントをかけて、もと来た道を振り返った。
何度やっても、私の目に映る世界では、人々はちゃんと生きて動いていた。

「なんて、素早いひとたちなんだろう」


あまりの自我の強さに、クラクラめまいがしそうなほどである。
が、6歳の私は真剣そのものだった。


すっかり忘れていた、こどもの頃のエピソード。


そういえば、幼稚園のころ、
工場の敷地内に入ったとたん、
一緒に遊んでいた近所の男の子たちがその門を閉めて通せんぼした。
出入り口は2つあったので、
私がもう一方の出入り口へかけっていくと、
男の子たちのほうがちょっとだけ早く着いていてその門の前で通せんぼしている。

そこで私は考えた。
右に行くと思わせて、左から出る。
人生初の「フェイント脱出作戦」。

まんまと大成功を収め、
男の子たちの驚いた表情を尻目に
私は小躍りしたい気分だったが、
「こんなの朝飯前よ」といわんばかりの
めちゃめちゃ見栄をはった態度を取っていたように記憶している。
女とは、得てしてそういう種族なのか?


流れを変えたいとき、
生き方を変えたいとき、
自分を変えたいとき、
神様にも予想できないほど素早く「フェイント」をかけることだ。


たとえば、
一度もはいったことのない喫茶店にはいってみる。
絶対選ばない本を選んで買ってみる。
こんな時間にブログを書いてみる。

フェイントをかけることで、脳に刺激が伝わる。
視点が拡大し、結果が変わる。

ふだん、避けていたことは何だろう?
私には似合わないと思い込んできたものはどれだろう?
こんなこと言えないって飲み込んできた言葉はあったかな?

フェイントをかけるときは、考える暇を自分に与えないことだ。
フェイントは自分の壁をハンマーでぶち破る行為なのだから。
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by hiroQ111 | 2006-02-23 05:11 | 発想を爆発せよ

罪は深いよ。NHKさん

「世界が100人の村だったら」の翻訳者であり、
その思想を日本に広めた功労者 池田香代子さんが講演で紹介された
ちょっとショッキングなお話です。

以前、NHKが憲法第9条の改定問題について、
一般の人々にアンケートをとりました。

その結果をTVで公表する際、
●改定反対 38%
●改定賛成 38%
●わからない その他 24%
とでました。
(※事実は、38%ではなく、39%だったかもしれません。)

改定反対派は、青で表示され、
改定賛成派とわからないその他の合計62%は
同じ暖色系の色で表示されました。

それを見ていたひとから、
同じ暖色系の色で表示すれば、
瞬間的に憲法改定を支持するひとのほうが多い印象を受ける。
NHKは暗に心理操作していると、文句の電話が殺到したのです。

そこでNHKは、色使いを変えて、翌日再発表しました。

ところが、その裏にもうひとつの真実が隠されていました。

アンケートの回答のうち、
「改定賛成」と答えたひとの11%は
9条をさらに強化した内容に変えるべきと答えていたと言うのです。

にもかかわらず、NHKは「改定賛成」をひとくくりにして38%と表現。

アンケートの真意を正確に表現するなら、こうなります。

9条の憲法遵守を願うひとは、49%
軍備を持ちたいと願うひとは、27%
わからないその他のひとは、24%
これが、アンケートの真意です。

NHKは国民のものです。
それなのに、権力者の意向に沿って
事実をうまくごまかしながら表現しています。

そのようなことが起こるのは
私たち国民が権力者に権力を持たせてしまっていることの証拠です。

国民ひとりひとり、できることは違う。
しかも、ひとりひとりはとても微力。
でも、決して無力ではありません。

微力でも、その力を何かで示せば、
そう、たとえば、
ひとりが5人に伝えるだけでも、世の中に波紋が広がります。

いま、世界中に配備されている原子爆弾の数は、
百の単位でも千の単位でもないそうです。
万の単位。
それだけあれば、地球なんて木っ端微塵。

睨みあうことを止めなければ、世界はますます軍備増強へと急ぎます。
睨みあうことを止める。それがひとり、ふたりと増えていけば
やがて、世界の潮流になれば。
人々の集合意識が変われば。

政治家はこれに従わざるを得なくなります。
主権は国民である私たちにあるからです。
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by hiroQ111 | 2006-02-20 16:31 | 吠える
以前にも観た映画であるが、
何度観ても面白い。

ファイティング・ガールは実在したアメリカボクシング界の
女性プロモーター「ジャッキー・カレン」がモデル。

大手プロモーターに啖呵をきり、
その結果わずか1ドルでプロボクサーを買わされることに。

ボクサーの家を訪ねてみるとヤクの最中。
さっさと退散しようとしているところへ、
体格のいい若者がドアを蹴破り侵入。
ヤク中とはいえプロのボクサーを、
なんと数発でノックダウン!

ジャッキーはその若い黒人「ルーサー・ショー」に
目をつけ、プロのボクサーにならないかと声をかける。

ボクシング界は巨万のお金が動く。
ギャンブル、八百長の温床でもある。
言わずとしれた男の世界。
女はリングにすら上がれなかった。そんな時代に、
ジャッキーは女ひとりで宣戦布告したのだ。


大手プロモーター会社のオーナーは
ジャッキーたちが試合ができないよう
近隣の興行主たちに手をまわす。
自分たちの富を女なんかに奪われていいのか?
ジャッキー、目障りな女だ。
男に対して二度とへらず口が聞けないようにしてやる。


ジャッキーは様々な圧力と妨害を受けるが決してめげず、
逆に、たくましい精神力と、マスコミへのあの手この手のアプローチ作戦で、
ボクシング界のヒロインとして一躍脚光を浴びる。

ところが、
ジャッキーが目をつけ育ててきたボクサー「ルーサー・ショー」は
取材に講演にTV出演にと飛び回り
自分を忘れたかに見えるジャッキーに業を煮やし、
「あんたが活躍できているのは俺のお陰だろ!」と言い放つ。
ジャッキーは売り言葉に買い言葉で
「私が理解できるのは『契約書』に書かれている言葉だけよ。
私がいなければあなたは破滅よ」と言い捨てる。

完全に信頼関係の冷え切ったボクサーとマネージャー。

ここで男性のマネージャーなら、
感情よりもビジネスを優先させたかもしれない。
ところが、ジャッキーは母性の厚い女性。

しょせん、女の自分には
ボクシングという男性社会に太刀打ちできないかもしれない。
そうなればルーサーの才能をこれ以上伸ばすことが不可能になる。
ジャッキーは最大の敵であった大手プロモーターにルーサーを譲り渡すことを決意。

彼らはジャッキーに、今後一切リングのまわりをうろつくなと言い渡す。

こどもの頃から大好きだったボクシングを断ち切られたジャッキー。
でもそれは、チャンプの素質と才能を十分に備えたルーサーの未来を守るため。
母親がわが身を削ってこどもを守るような、そんな潔い行動である。

ところが、悪徳プロモーターは
金のため、男の名誉のためならどんな手段も惜しまない。
相手の将来?ハン!ボクサーなんて後から後からどんどんでてくるさ。
とにかく「ファイト」がある限り、金はついてくるんだから。

ジャッキーから離れ、
大手のプロモーターに身柄を引き取られたルーサーは彼らの商売のため、
3週間後にミドル級チャンピオンへの挑戦試合を組まれてしまう。

3週間では体の調整ができない、とあきらめるルーサー。

試合当日、相手のチャンピオンは、1ラウンドが始まるやいなや、
いきなりルーサーめがけて怒涛のごとく連打。
相手の波にすっかり飲まれてまともに身動きすらできない。

しかも、チャンピオンはルーサーの股間にするどいパンチを1発見舞った。
レフリーから注意を受けるも、次にはリングのロープに体ごと押し付け、
ロープから外に出ている頭を殴打。

またもやレフリーから反則をとがめられるが、退場はない。

ジャッキーは、カーラジオで放送を聴きながら
ルーサーが受けている痛みが自分にも伝わってくるのを感じていた。

いてもたってもいられないジャッキー。
ルーサーを手放さなければ良かった。
ルーサーの才能がこんな形で抹殺されようとしている。

正当な方法で、チャンスを与えられないなんて。
その気持ちは、まさにジャッキーが幼い頃から味わってきたものだった。
女性であるために、リングに上がることすら許されず、
いつも女に何ができるとバカにされ、どんな努力をしても
すべて上司が手柄を横取りする世界。

ジャッキーは車を降り、会場へ走りだす。
かつて知ったるアリーナ。場内へ入るなんて朝飯前。

ルーサーはみじめに打ちのめされ、
ロープを支えにしてようやく立ち上がる有様。

ジャッキーは思わずリングへ向かって走り出す。

3ラウンド終了。

そこに、リングにひらりと上がるジャッキーの姿が。
コーナーに腰掛けているルーサーに近寄り、
ルーサーの弱りきった瞳をじっと見つめた。

「お願い、1分だけ時間を頂戴。
ルーサー、ごめんなさい。私が悪かった。私を許して。

でも、リングに上がった以上、あなたは闘わなくちゃいけない。
どうして相手が反則すると思う?あなたに勝つ自信がないからよ。

あなたは、この試合に勝って、歴史を塗り替えるのよ。
あなたならできる。あなたには才能がある。私なんて必要ないのよ。
あなたは自分の力で十分にチャンプになれる。

さ、行って。ヤツをたたきのめしてきて。」

ジャッキーはルーサーの背後にまわってそっとつぶやく。
「相手が踏み込んできたら、スタンスを変えて右を狙って。
自分のビジネスをするのよ」。

ルーサーの意識が変わる。
反則してでも勝とうとしたチャンプの姿が小さく見える。
ルーサーのパンチが戻った。

チャンプは余裕を失い
ルーサーの手のうちに入ってきた。
いまだ。ルーサーが足のスタンスを変える。

歴史を変えるんだ。

ルーサーの鋭いパンチを受け、チャンプの体が右に左に揺れる。
そして、ついにロープをつかみながら、膝をくずし、マットに倒れこむ。

会場を埋め尽くした聴衆から一斉に歓喜の声が響きわたる。

ジャッキーはその様子をうれしそうに眺めながら
そっと会場から出て行く。


私は、このシーンが好きだ。
DVDのメニューを選んで、もう一度余韻に浸る。

映画的といえば、映画的なシーンだ。
ふらふらになるまで叩きのめされた人間が
たったひとことで意識が変わって
するどいパンチが繰り出せるほど、足腰の力が
瞬時に甦ったりするか?

するのだ!!!!!

意識は、60兆の細胞を目覚めさせるのだ。
ボクサーのように集中力を鍛錬した人間ならなおさらだ。
できない人間は、本気になる度合いが薄いのだ。
思考をシャットダウンできるほど集中できていないのだ。

自分の細胞を疑い、自分の才能を疑い、
自分の気持ちすら疑っていては、
なにひとつ超えられないのだ。

気持ちがすべてを決定するのだ。

できると思えば、できる。

気持ち次第なのだ。
気持ちが細胞を支配している。

ルーサーはジャッキーの言葉によって
チャンピオンとして輝いている自分を思い描いたはずだ。
ルーサーとジャッキーは本当は心の底から
信頼しあっているパートナーだったから。

あ~、仕事なんてそっちのけで、
また観たくなっちゃった。
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by hiroQ111 | 2006-02-16 17:07 | 何度観ても面白い!映画

爆笑、結婚式スピーチ。

ある方のHPに掲載されていた情報です。
久々に手を打って大笑いしました。

中村屋さんが結婚式でスピーチをはじめたら…。
あら、あら、あららら。

http://pya.cc/pyaimg/pimg.php?imgid=22968


ひとり関西弁のおっさんがまじってますねえ。
間、抜けてはりますよ~(笑)。

制作者はどなた様なんでしょう?
お笑い作家なんでしょうか?

(※制作者を探そうと思って、あちこちクリックしたら、
  お色気HPへアクセスしておりましたので、ご興味のない方はご注意を)

わはははは。は~。
ありがとうございました。
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by hiroQ111 | 2006-02-11 21:45 | 今日の発見

hiroQとの対話

あなたは、生きていること自体が修行だと思いますか?

はい。思います。

では、誰に鍛えられているのですか?

えーと、出会ったすべてのひとと。
ときには私が反面教師になってひとの嫌がることをしました。
ひと様に教師を頼んで、痛い目にあわせていただくこともありました。

その効果はありましたか?

うーん、そうですねえ。
どうでもいいような問題で怒ったりケンカしたりいじめられたり。
いま考えると幼稚な精神レベルだったかな。
だから、その時々にぴったりあった精神レベルの方々と
強制勉強会を開催していたような感じです。
つまり、お互い様って言葉は、
お互いに学びあう関係ってことじゃないでしょうか。

悔い改めているのですか?

いえ、後悔ばっかりしてても自分が辛いので
お互いに学びあって成長してきたんだ!いうポジティブ思考に切り替えて
自分のことも相手のことも責めないようにしないと。
責めている自分も結構心が痛いものだから。

じゃ、反省はなしってわけ?

いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや。
反省してるもん。何回も反省したもん。
ひとは、気づかせたり気づかされたりして、成長するんだから
教師役と生徒役がぐちゃぐちゃに入り乱れている状況が
実は世の中の正しいあり方ではないかと。

はっはっは。
つまり、善悪を区別するものはないということか?

ええっ、まあ。そういうことに、なるかと…。

どんなことが起ころうと、ホントにそう思えるな?

えっ、あっ、いやっ。そんなワザワザいけずせんかったって…。
まあ、なるべく離れた地点から自分を見守っていくことにします。
甘く、優しく。ぜんぜん厳しくなく。
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by hiroQ111 | 2006-02-11 01:42 | 今日の発見
先日、高熱をだして寝込んでいたとき、
うなされているのか夢なのか判然としませんが
朦朧とした頭に映像が走馬灯のように次々に映しだされました。
それは、私が、過去しでかしてきた悪行の数々でした。

えっ、こんな悪いことを私はしてきたのか?
可愛い悪事もたくさんありましたが、
ちょっとギョッとなるようなこともしでかしておりました。

アルバイトをさぼるのに友人にウソ電話をかけてもらったり
親にウソをついてお金を騙し取ったり(高校生のおこづかい程度ですけどね)
上司をバカよばわりして悪口言いまくったり
遅刻もたくさんしたし
ひとが紹介してくださった方の態度が許せず、いきなり抗議の手紙を送りつけたり
とてもじゃないけど、すべてを書きだすとキリがないほど。
とにかくたくさんの方にご迷惑をかけてきました。
あ~、そうですとも。私は悪いヤツです。

高熱のあと、大反省したことは言うまでもありませんが
あまりにもたくさんの悪事を思い出したことで
私のなかには、悪の芽がぎっしりはびこっていて
油断をしてしまうと、いっきに悪の芽を育てることになりかねないと痛感しました。

他人を責める資格なんて私にはさらさらないのだということを
イヤというほど思い知らされました。
ホントに閻魔さまの前に引きずり出された罪人のような気分でした。
1週間以上経ったいまも、ひたすら懺悔の日々です。

また、逆の視点で言えば、
私は、過去に、たくさんのひとから腹の立つことをされ、
たくさんひとを嫌いになりました。
でも、なんで腹が立ったのか、よ~く分析してみると
自分も相手の立場をちゃんと理解していなかったな~とか
取るに足らないようなことを大きく重たく考え過ぎていただけだったなあ~とか
ここでもまた反省すべきことがわかってきたのです。

物事は、自分の心の目で見ているだけなのです。
物事は、捉え方次第で善にも悪にも転ぶ、幻のようなものです。

自分の心の目が、鏡の役割を果たしているのだということに
気づきはじめました。

物事はいくらだって悪く言えるし、
いくらだって良く言うことができる。

つまりは、自分が感じたいように物事の側面を見ているだけ。
丸いお月様の裏側は見ることができないのと同じ。

良い面だけを見て過ごせば、
自分のまわりの世界は優しさと愛情にあふれるものになります。

そういう意味で、
私たちは世の中を鏡のように映して見ているだけなのだと思うようになりました。

イヤだなと思うひとが目の前に現れたとき、
それは、私のなかにもある「イヤなヤツ」が鏡面になっているのだなと考え、
何か良い点を探そうと努力をはじめています。

イヤだなと思うひとと会って、良い点を見つけるのは
すごく難しいのですが、このトレーニングを続けていけば
きっと自分のプラスになるはずだと考え、忍耐強く続けていこうと思っています。

ボールのこちら側が陰になっていれば、
向こう側には光が射しているはず。
なるべく光の面だけを見ていこう。
光を感じることができた日は、
それは自分の心が光っている日。
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by hiroQ111 | 2006-02-10 01:39 | 今日の発見
数年前から毎年ルールを決めて生きている。
でも、時々破っては反省する、その繰り返し。

時間がある限りYESと言う。
愚痴は言わない。
好き嫌いを言わない。
自分の好きなことを優先する。
言霊を活かす。

かなり思いつきのルール。
でも、ルールを決めていることで
決断が早い。迷いが少ない。
ただ、失敗は多い。ので、学びもたくさん。

時間がある限りYESと言うというテーマの年は
したくもない仕事を引き受けては
めちゃくちゃストレス溜めて、イライラしていたなあ。

好き嫌いを言わないってルールの年は、
半年でネをあげてしまった。
好きと嫌いは人生の妙味。
つまり、味覚から甘いの辛いのを取り去った状況。
生きてるのがつまんない。つまんない。
だから、半年でヤメた。
その年の9月からのテーマは、
好きなことを優先して生きる。
180度反転した生活に、毎日ルンルン気分。

でもね、ちゃんと自分の目的や生活スタイルにあった
ルールでなくては意味がないかもしれません。ふむ。

ちなみに、
北海道のお菓子屋さん「六花亭」の社長のルールは⇒
『真心のこもったお菓子をつくり続けるためには、
つくる人の心を大事にしていないと出来ない。
だから、毎日誰かがヒーローになれる場づくりをしている。
すべてのひとにスポットライトを当てる。
そのためのコストは必要経費である』

アニメ映画監督のルール⇒
『創造的ディスカッションはすべて肯定的意見であること。
もし否定的な意見を出す場合でも、
必ず肯定的意見を用意しておくこと』

知りあいの工学博士のルール⇒
『親切も親孝行もひとからの頼まれごとも、とことんやる。
これでもか!の徹底的な実践が大事』

とあるTV局に提出する企画書のルール⇒
『企画書はA4 1枚で提出すること。言い換えれば、
A4 1枚に凝縮できる研ぎ澄まされた企画であり、
骨子が明瞭であること。』

私のようにルールをころころ変えていると
「あ~またか」と言われて、信用につながらないが
上記の人々は、徹底的にルールを死守して
まわりのひとの信頼を勝ち得ている。

そうかあ、ルールは守るためにあるのね。
棚の上に飾って喜んでいるだけじゃ、ダメかもなあ。

私の場合は、
ルールを適当に守るってのが、いちばん似合ってるかも。は~。
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by hiroQ111 | 2006-02-09 00:51 | 今日の発見
アメリカって国は、イメージが大事。
猛スピードで交差点につっこんできた医者の車に追突されて
大怪我を負ったエリン・ブロコビッチ。
どこから見ても完ぺきな被害者であるはずなのに、
弁護士までついていながら、なぜか裁判で負けてしまい
1セントも慰謝料がとれなかった。

小さな子供を3人も抱え、
夫と別れ、ひとりで子育てしている善良で美しいお母さん。
裁判で負ける理由など何ひとつなさそうなのに、負けた。

弁護士は言う。
「敗因は、君の言葉使いだよ」。

猛スピードで交差点に突っ込んできたのは医者のほう。
裁かれるべきは医者のほう。
なのに、なぜ?

医者のように社会性があって知的な人間が
スピード違反などするわけがないという、教養コンプレックスが
実は、アメリカの泣き所である。

これにひきかえ、
エリンのような無教養で粗野な人間はお金欲しさに何だってする性悪女、
という、コンプレックス社会が作り出した幻影に、
エリンは完全に敗北したのだ。

治療費に入院代に弁護士費用に車の修理代。
おまけに働いていなかった月日の生活費。
すべてが借金としてエリンにのしかかる。

彼女には乳のみ子を含めて10歳にも満たないこどもが3人もいるのだ。

彼女は泣き言を言う前に、
働き口を求めてあらゆる手段に打って出る。
最後は押しかけアルバイター。
自分を敗北に追いやった無能な弁護士に自分の面倒を見るよう強く迫る。

「押しかけ女房」という言葉があるくらいだから、
相手の迷惑よりも、まず自分がどうしたいかを敢然と主張する人種は
どこにだっているのかもしれない。

ただ、言った以上は責任を取る。しかも、中途半端はしない。

公害訴訟の原告団、つまり社会的弱者の気持ちに寄り添い
弱者の共感と、信頼を得ていく。

もし仮にエリンが弁護士資格を手にするエリート層だったら
原告団のひとりひとりの気持ちを開かせ、
信頼という絆を結べただろうか?

理不尽な経験をこれでもかというほど味わってきたエリンだからこそ
長年に渡って企業利益の前に踏みつけにされてきた公害被害者の気持ちに
寄り添うことができるのだ。

故松下幸之助氏の生前の言葉にもあるが
「私は無学だったから、ひとの話をよく聞いた」。

エリンの言葉は、ときにはこどもには聞かせたくないような
下品な言葉使いだったかもしれないが、
エリンは被害者の話を熱心に聴き続けた。
600名を越える被害者の名前はもとより、電話番号もソラで言えるほどに。
そして、エリンの話によく耳を傾けた弁護士は、やがて、
史上最高額の和解金を勝ち取るに至るのだ。

良い医者、良い経営者は、ひとの話をよく聞く。
他人の言葉によく耳を傾けるひとこそ、
幸いである。

あ~、耳が痛い。
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by hiroQ111 | 2006-02-03 01:02 | 何度観ても面白い!映画